菅首相が突如会見した「浜岡原発停止要請」に感じる居心地の悪さ

昨日突如行われた首相会見で、菅首相は「中部電力浜岡原発の停止を要請する」と発表した。

菅直人首相は6日、東海地震の想定震源域である静岡県御前崎市にある中部電力浜岡原子力発電所について、定期検査中の3号機や稼働中の4、5号機も含めてすべての原子炉を停止するよう中部電に要請した。中部電は受け入れる方向。停止期間は、中部電が2〜3年後の完成を目指す防潮堤新設までとなる見通しだ。(asahi.com)

このニュースは青天の霹靂といってもよく、これまで菅首相福島第一原発事故に対する対応などに批判的だった人々も概ね好意的に受け止めたり、或いは呆気にとられてしまったりしているようだった。

そして僕はといえば、大変に居心地の悪い思いをしている。何か腑に落ちないのだ。美味しい話には裏がある。タダほど高いものはない。

与野党の反応も一様ではなく、以下の記事を読むと、この会見がどれほど予測不可能なものだったのかよくわかる。誰もが驚いているのだ。

福島原発事故が深刻化するなか、民主党浜岡原発の全面停止要請という菅直人首相の決定をおおむね歓迎している。ただ党内には参院比例代表原発推進の電力総連の組織内候補もいれば、原発に慎重な議員もいて反応は複雑だ。
首相に近い政務三役の一人は「財界は猛反発するが、国民は支持する。やっと市民運動出身政治家の本領を発揮した」と評価。静岡県選出の渡辺周国民運動委員長(静岡6区)も「県民の関心は、津波浜岡原発への懸念と恐怖だ。いったん停止して安全確認をするのが地元のコンセンサスだ」と評価したが、「地元自治体は原発関連の補助金に財源を頼っており、財政的な配慮が必要だ」とも指摘した。
野党の反応も一様ではない。自民党石破茂政調会長毎日新聞の取材に「政府の判断は重く受け止める必要があるが、どういう理由で判断に至ったのかを政府は説明する責任がある」と指摘。公明党山口那津男代表も「中部電力静岡県などに根回しした形跡は見受けられず、唐突さがぬぐえない。将来のエネルギー政策の展望を示さず、国民の協力で乗り越えられるというのでは不安だけが残る」と述べ、首相の対応を批判した。
一方、共産党市田忠義書記局長は「世論に押されて停止したのは一歩前進だ。全国的な原発廃炉を目指して国民運動を起こしていきたい」、社民党福島瑞穂党首も「首相の決断を歓迎する。『脱原発』の未来を切り開く大きな一歩となるはずだ」と評価した。(毎日.jp)

民主党自民党も地元もみな驚いている。何故驚くのかというと、菅首相が転向したように見えるせいである。これまで何度も今後のエネルギー政策について脱原発という方向を無視し続けていた人のはずなのに、いきなり浜岡原発の停止要請をするなんて意外、というわけだ。

僕は「転向」というものを容認している。昨日まで原発推進派だった人が、原発の危険性に気付いて脱原発派に転向した場合、過去に何を言っていようと大事なのは現在の意見である。こうした転向派を沢山受け入れられるかどうかで陣容は変わる。市井の意見など数を集めないと屁の突っ張りにもならないものであり、転向派を排除する純粋主義は決して多数派とならず何時しか風化し忘れられていくのがオチである。

だから、もし本当に菅首相が今後のエネルギー政策に対して「脱原発」を打ち出し、代替エネルギーへの転化や開発に積極的に取り組もうとするのであれば歓迎することだろう。

しかし、僕の中ではどうしても素直に菅首相を認めることが出来ない気持ちがある。これまで散々党内の小沢グループや反官僚議員を裏切り粛正してきた人間である。信用などまるでしていない。そんなときに読んだのが自民党河野太郎氏のブログである。

ようやく浜岡原発の停止を政府が要請した。残りの原発に関してもきちんとしたストレステストをすべきだ。そして自民党としても、今回の政府の要請を評価し、後押しをしなければならない。
経産省のいわば主流の課長から、報道されている東電救済案は、税金投入をしたくない財務省主導の案で、経産省としては東電を何が何でも守る気持ちはないとの打ち明け話。ただ、このままいけば、民主党東京電力の戦いは東京電力が勝つだろうと、彼は個人的には思っているらしい。
財務省は、一義的に東電の責任にして、交付国債で逃げておいて百年かけてもそれを返却させるということで、財政出動を避けようとしている。
財務省は当然に、金融機関に対して、これまでの貸し手責任は問わないから東電を支援しろと要請しているはずで、その担保として、株主責任は問わないことにするだろう(株主でさえ責任を問われないのに、金融機関が責任を問われることはないだろう)。
財務省は、損害賠償を財政で負担することにさえならなければなんでもよい。電力料金が値上げされようが、電力会社がこれからつくる「保険」で、既に起こってしまった事故の賠償を、後出しじゃんけんで払うことにしようがどうでもいいのだ。
財務省からしてみれば、監査法人がどう対応するかだろう。いやいや、監査法人にどう対応させるかだと思っているかもしれないが。
りそなやJALと同じようなあやまちが繰り返されることになるのだろうか。またしても監査法人のありかたが問われる。

河野太郎氏は最初のパラグラフで浜岡原発停止について軽く触れ、それ以降は東電の損害賠償について書いている。しかも東電の損害賠償について財務省のスタンスを予想しながら書いているのである。

ここで思い出すのは菅政権とは財務省の傀儡であるという事実である。

菅首相は、昨年の参議院選挙前に何を思ったのか突然消費税増税を唱えて大惨敗した。しかしそれ以降も性懲りもなく、企業減税所得税増税を目論み、増税論者の与謝野肇を呼び寄せて閣僚に起用し言いたい放題にさせている。しかも3.11震災の復興資金も増税論をちらつかせている筋金入りの増税論者である。そして増税とは即ち財務省の悲願であり、その財務省の政策に盲目的に従い続けてきたのが政権交代して以降の菅直人のポリシーだった。

であるならば今回の浜岡原発停止要請も財務省が絡んでいるという確率が高いのではないか、と思うのだ。

東北地震津波による被災は想像を絶するものであり、その復興費用は一説によると限りなく20兆円に近いものといわれている。こうした試算も、どのような過程を経て行われたのか定かではなく、明細も分からないので何とも判断できないのだが、未曾有の予算を投入しなければならない点は誰もが認めるところである。

しかも今回は地震津波だけでなく福島第一原発事故による被害も莫大であって、こうした予算を司る財務省としては頭の痛い問題が山積しているだろう。まずは増税で復興をと探ってみたが、あまりにも国民からの反発が強い。強行すると政権が幾つか吹っ飛ぶことになるだろう。また原発事故に関しても、電気料金の値上げで探りを入れたが結果は同じく猛反発を受けた。

ここで財務省東京電力を切り捨てる覚悟が出来たのではないか、と思う。東京電力には数兆円に上る資産があり、それを吐き出させることを優先するのである。河野太郎氏が言うように、その結果東京電力がどうなろうと財務省としては知ったことではない。資産を吐き出した後、東京電力という会社が残っていけるのなら残ればいいし、駄目なら国有化されようが分割されようがどうでもいいのである。

東京電力が資産を吐き出したあとは、日本の電力会社そのものが再編に向けて進むことになるだろう。また、再編させなければならない。なぜなら、東京電力が倒れても電気を止めることは出来ないわけであり、その為には中部電力関西電力東北電力等の協力が必要なのである。他の電力会社の素早い協力がなければ送電自体が止まってしまう。

だから、この協力を強制させるためには東京電力を他の電力会社がシェア出来る形態を作ることが必要なのである。何故ならば、このオペレーションを確実に行わないと、経産省の最も嫌がる外資による電力会社の買い取りが行われることになってしまう。特に菅政権が現をぬかしているTPPなんぞが本当に始まってしまう前に、電力再編を完了させ、外資を排除できる体制にもっていかねばならない。でないと、外資が入ると官僚達の天下り先がなくなってしまうではないか。

だから、浜岡原発停止要請とは財務省主導型の復興資金確保のための最初のステップである。いまだ巨大な力を持つ東京電力というモンスター企業を解体する際、こちらが本気であることを示す一里塚であると同時に、喉元に突きつけた匕首であろう。「ほうら原発なんか簡単に止めてみせるよ、だから言うことをききな。貯めてる金を持ってきな」

もちろん菅首相側としては、これを政権浮揚に結びつけたいところだろう。特にその翌日である今日、日本各地で反原発デモも行われる予定であり、日頃から風当たりの強い自分の政権運営に対して見直してもらえるきっかけになればという願いも込められているのだろう。

もう一点、今回の「浜岡原発停止要請」で見逃してはならないポイントは、他の原発の停止を求めていない点にある。例えば細野豪志首相補佐官は以下のように述べている。

細野豪志首相補佐官は7日午前のTBS番組で、菅直人首相が中部電力浜岡原子力発電所静岡県御前崎市)の運転停止を要請したことについて「地震のリスクが(他の原発と)違う」と述べ、大規模な東海地震が発生した場合を考慮したことを強調した。また、「原発政策全般についてはいろいろな議論がこれから行われる。それとは分けた判断だ」と述べた。(時事ドットコム)

つまり、浜岡原発停止要請は浜岡原発だけの特異なケースであり、今後のエネルギー政策を転換するという意味合いをもたないといっているわけだ。

もちろん浜岡原発地震層の上に位置し、東海地震が発生した際の影響を受けやすい。ここで放射能漏れが起こった際は被害が神奈川県下の米軍基地や東京都内にまで及ぶと予測されている。だから以前から反原発派を唱える人々にとって火急の案件でもあった。

つまり財務省の思惑と菅首相の思惑と反原発に目覚めた市民の思惑とが交わったところに浜岡原発があったわけである。だから決して純粋に原発からの脱却を目指そうとしたものではない。そのあたりを元レバノン大使の天木直人氏は喝破している

これは追い込まれた菅首相がみずから思いついた壮大な延命工作であり、ウィキリークスで追い込まれた普天間問題隠しである。

つまりはそういうことなのだ。これで日本がエネルギー政策を転換し脱原発化する訳ではないのだ。

しかし、市民側はこの決断を盛り上げることで、本当に政治に脱原発を行わせることも出来るのである。だから、当面の間は気持ちが悪いながらも、菅首相浜岡原発の停止要請を支持し生暖かく見守るつもりである。そして期待を裏切ったらこれまでの倍の圧力でバッサリと斬り捨てよう。もちろん言論に於いてであるが。

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