中曽根大勲位の達観に共感する

月曜日に発売された週刊ポストを買ってみた。ジャーナリスト渡辺乾介氏による小沢一郎インタビューや上杉隆氏による官房機密費疑惑のレポートなどが目当てだったのだが、意外なことに中曽根康弘元総理大臣へのインタビューが示唆に富み興味深い内容だったので紹介する。(週刊ポスト1月14・21日合併号 P42-P45 税込400円)

このインタビューは朝鮮半島情勢や対中国政策などについて中曽根康弘元総理の所感から始まるのだが、興味深いのは内政について言及している部分で、政権交代してからの鳩山政権を「言葉が走ってしまって現実がついてこなかった」、菅政権を「その後始末に追われているだけで新しい菅外交というものは見えないですね。主体性が見えず、おっかなびくびくやっている。それが国民に政権の脆弱性を痛感させる結果になっている」と言っている。

政権交代以降に出来た民主党政権に対しては色々と議論の余地はあるだろうと思うが、公平に見るとこの中曽根大勲位の所感は真っ当なものだと思う。というより、感情を抑えてよく考えた末の言葉のように思えるのである。

インタビューは続く。

中曽根「政治を訓練する期間、訓政期という言葉がありますが、まあ国民も野党の自民党も、もう少し忍耐強く民主党が完熟するのを待ってもいいのではないですか。鳩山政権は、始めて政権を持った野党がどういうものかを見せつけましたね。直感的な発言をバンバンやって、後始末に困ってしまった。菅政権になると、今度は冒険的な発言をまるでしなくなった。追われてばかりいて、押し返す力がない。
あと1年くらい経てば、政権も3年目で、落ち着きと慣れが出てくる。そうすれば独自の戦略も生まれてくるかな。しかし首脳部の力量不足が目につく」

僕は鳩山政権については力不足であったと認めざるを得ないと思っている。本来政権交代直後に官邸自らがひっくり返すべき卓袱台を各担当大臣に預けてしまったため、ひっくり返された卓袱台とひっくり返されなかった卓袱台のどちらもが同じ政権の中に存在し、それが政権の推進力を奪ってしまった感がある。記者クラブ問題やマスコミのクロスメディアオーナーシップ、官房機密費の公開など、各担当大臣に丸投げしないで、鳩山総理自身がこれらの問題を一つ一つ破壊していけば、例え普天間の米軍基地移設問題でしくじろうとも失地挽回のチャンスはあったろうに、と思う。

この中曽根大勲位の言葉は、冷静に俯瞰すればきっとこうなのだろうという見方を表していると思う。つまり、多くの日本人が思っていることをきちんと言葉にしたものだろうということだ。

更にインタビューは民主党の現状について述べる。

中曽根「処女性の魅力を失ってはいけないが、しかし未熟さをはやく脱却しないと国民に見捨てられる、そういうジレンマですね。
しかし、そう短気になってはいけないんです(笑い)。この選挙制度、政治制度というものが成熟するには3年、5年はかかります。新しい路線を目指して進むという以上は、国民にも忍耐する義務があると私は思いますね。

自民党政権との違いということならば、自民党が官僚寄り、財界寄りであった点を是正しようということでしょう。最初は極端になろうとして官僚からも財界からも見放された時期が続いた。それを反省して修正し、その修正が続いているのが今の段階でしょうね。しかし、修正の時代は、長く続く、太く強靱なものを国民に示すというところまでできない。そこがこの政権の弱みです。小沢君はそれをやろうとしたのでしょうけれどね」

そしていよいよ小沢一郎に対する所感が述べられるのだが、それはマスゴミ報道のような「小沢=悪」といった知能レベルの低い門切り型ではなく、現状を評価した上での分析となっている。

週刊ポスト「小沢氏は、今のような政治では政権交代の意味がないと批判している」
中曽根「独立性を明示することを心がけているんでしょう。菅君の場合は、鳩山君の行き過ぎを是正するあまり、自民党に近寄りすぎてしまった、と」
週刊ポスト「そうした路線対立の結果、小沢氏は、石もて追われる身になっている」
中曽根「小沢君にとっては、蠅が飛んでるとか、ハチがブンブン回っているとか、その程度に思ってるんじゃないですか(笑い)。
要するに政治力の差ですよ。今は内部で党員やら議員をどちらが掴んでいるかという勝負をしている。議員総会やら党大会が、その前哨戦になっているわけですね。小沢君を見ていると、今は我慢の時期だと腹を決めて、党の議論より世論を中心に自分の進む方向を決めているんだろうと思います。それは次の天下を狙う者の当然の在り方ですね」
週刊ポスト「国民に見える『政局』では、小沢氏は追いつめられているようにも見える」
中曽根「それは一種のマヌーバ(戦略)ですよ。初めからいうことを聞いたら存在意義はないわけですから。今は代表選で互角の勝負をした勢力を非常に大事にして、これから外縁勢力を発展・拡大させるということでしょう。それまでは、国民世論やジャーナリズムの批判に対して非常に自重した態度に出ていますね」

そして小沢一郎に対してのまとめというべき部分が以下のように続く。

週刊ポスト「では、いずれ小沢氏は復権し、自民党とは違う政治をやり始めるのか」
中曽根「今は若干、保守二大政党の傾向にあるが、やはり自民党とは違った対外関係、国民生活、そして安全保障の在り方を考える改革者の集団をつくり上げる努力をするでしょうね。田中角栄の下で学んだ影響も受けているでしょう。田中自体が改革論者でしたからね。ただし、今はまだその路線を明示できていない。力不足かもしれない。そこが弱いですね」

インタビューはこの後大連立について現状では否定的な考えを示した後、菅内閣について「これだけはやってみたいと思ってきたことがあると思うんだが、新しい年にはそれに取りかかってみたらいい。そうすれば政権の意味も初めて出てくるかもしれませんね」と結んでいる。この最後の言葉は、要するに「菅内閣って何をやりたいのか分からない」という巷間よく言われている意見と違わない。

ちょうどこのインタビューを読んでいるとき、菅総理大臣の年頭会見が行われた。どのようなインタビューであったのかはリンク先にあるビデオを見てもらえばよく分かるけれども、この人が総理大臣として国民のために何をやりたいのか伝わってこない会見であった。上記リンク先のビデオニュース・ドットコムより記事部分を引用する。

菅直人首相は4日午前の年頭会見で、今年を「政治とカネにけじめをつける年にしたい」と語り、小沢一郎民主党元代表が強制起訴された場合、小沢氏自らが政治家として出処進退を判断すべきだとの考えを示した。
また、首相は今年を「平成の開国元年」にしたいとして、貿易自由化の象徴と見られる「環太平洋パートナーシップ協定」(TPP)の交渉に参加するかどうかを「6月を一つのメド」として判断する意向を明らかにした。
消費税に関して首相は、「しっかりとした社会保障を確立していくために財源問題を含めた超党派の議論を開始したい」として、野党に協力を呼びかけた上で、消費税を含む税制改革の議論も、6月をメドに方向性を示す意向を示した。

要するに「小沢一郎を失脚させたい」「TPPに参加して米国を喜ばせたい」「社会保障に対する具体案がないので議論だけ開始したい」そして念願の「消費税増税したい」というのがやりたいことであるようである。一方で昨年の代表選の時に言っていた『一に雇用、二に雇用、三四がなくても五に雇用』というフレーズはどこかに置き去られてしまった。こういうことをするからこの人はマスゴミ報道だけを見ている市井からさえも信用されないのである。

小沢邸の新年会には120人ほどの議員が集まった一方、官邸での総理主催の新年会には45人ほどしか出席者がなく、150膳ほどの料理が廃棄されたという。連敗が続く地方選挙の結果を受けて、民主党地方組織は中央から次々と離反しはじめているし、辻立ちしている民主党議員へは野次はおろか唾まで飛んでくるらしい。公明党参議院で問責決議を受けた仙谷官房長官と馬淵国交省の辞任がなければ国会審議に応じないとの強硬姿勢を見せている。既に現状は菅政権にとって八方塞がりで手詰まりなのである。

菅首相は、信じられないことだけれど、そうした悲惨な現状の打開策として「小沢切り」を行っているように思える。マスゴミがどれだけ「小沢切り」に同調しようと、これは最初から負けると決まった博打である。例え小沢を切れたとしても、自らの信任には結びつかないからである。野党がもし首相の不信任案を提出した際、小沢の新年会に集まった議員が大量に欠席した場合、それは可決されてしまうだろう。

その状況を感じ取っているのかどうか、マスゴミ小沢一郎への批判を闇雲に繰り返している。しかし中曽根大勲位のインタビューからも感じる通り、今や誰もが冷静な目で現状を見つめようとしている。それはまだ一部のオピニオン層だけなのかもしれないけれど、そのボリュームは数年前に比べて相当厚く深くなってきている。

いよいよ今年、卓袱台がひっくり返されるかもしれないと淡い期待を抱く次第である。

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